究極の自信と究極の不安を同居させよ。
2005年 05月 07日
自信満々で超強気。
どの世界でも高いパフォーマンスを発揮している人は、一見そう見える。実際彼らの多くが、そういう人を演じている。講演でもインタビューでも日常でも。
その人は本当に自信満々なのだろうか?ただの超強気なのだろうか?
違う。そういう人はいない。そういう人ではそのポジションは維持できない。
彼らは、実は、全員、超不安である。自分を疑っている。一瞬たりとも自分に安心なんかしちゃいない。このままの自分でいいわけがない、と。
本気の度合いに比例して不安を強くする。そういうもの。しかし、立ち止まりはしない。瞬時にギリギリのところまで追い詰めて、すっと本気になり、いつもと同じことを悟り、不安を克服するのである。その繰り返しなのだ。それに慣れっこになっているのだ。
何かをつかんだから自信が持てるのではない。結果を出すことで得られる自信は一瞬で消える。
疑問を持ち続けること。容赦なく自分に疑問を持ち続ける自分の姿勢、すなわち、現在進行形の今現在の本気にこそ、自信は宿るのである。疑い続けなければ、信じることはできないのである。
どの世界でも高いパフォーマンスを発揮している人は、一見そう見える。実際彼らの多くが、そういう人を演じている。講演でもインタビューでも日常でも。
その人は本当に自信満々なのだろうか?ただの超強気なのだろうか?
違う。そういう人はいない。そういう人ではそのポジションは維持できない。
彼らは、実は、全員、超不安である。自分を疑っている。一瞬たりとも自分に安心なんかしちゃいない。このままの自分でいいわけがない、と。
本気の度合いに比例して不安を強くする。そういうもの。しかし、立ち止まりはしない。瞬時にギリギリのところまで追い詰めて、すっと本気になり、いつもと同じことを悟り、不安を克服するのである。その繰り返しなのだ。それに慣れっこになっているのだ。
何かをつかんだから自信が持てるのではない。結果を出すことで得られる自信は一瞬で消える。
疑問を持ち続けること。容赦なく自分に疑問を持ち続ける自分の姿勢、すなわち、現在進行形の今現在の本気にこそ、自信は宿るのである。疑い続けなければ、信じることはできないのである。
by earpick
| 2005-05-07 22:44